どうすれば、自社商品の販売に追い風になるようなブームやトレンドをつくることができるのか──マーケターならだれしも一度は頭を悩ませたことのあるテーマのひとつだろう。
その最新の方策のひとつが、実は「造語」にあることが、ツェッペリン大学マーケティング学の教授Martin P. Fritzeらが発表した『行動ラベリング:アクティビティタグによる消費者行動の促進1』という論文に示されている。
造語がトレンドをつくる:日用品配達サービスの事例から
ここでいう「造語」とは、活動に合った名前やタグを使うことを指し、Fritzeらが「行動ラベリング」と定義したもののことだ。「行動ラベリング」を適切におこなうと、世の中に意識的にトレンドを生み出すことができる可能性があるのだという。
その根拠となる事例として、ほぼ同時期にドイツ市場に参入した 日用品配達サービス「Flink」 と 「Gorillas」 の Google トレンド データが示されている(図1)。ウェブサイトで注文すると、連携している倉庫から商品を直接配達するオンデマンド配達サービスで、どちらも注文から10分以内で配達することを当初から広告などで宣伝文句としてうたっていた。
ただ、「Flink」が、調査開始から37週の時点(縦の点線)で、「Flink」 のサービスを使って配達を依頼することを「Flinking」または「Flink It!」と呼んで(=ラベリング)、キャッチフレーズとして使い始めたのに対し、「Gorillas」はこうしたラベリングを一切しなかった。その結果、それまでは「Gorillas」が優位だった検索数がその週を境に逆転し、「Flink」の検索数が持続的に伸びたという。
言葉が行動を促すメカニズム
なぜ「Flink It!」という「行動ラベル」によって消費者がサービスを強く意識するようになったのか。Fritzeたちは、そのメカニズム、つまりは言葉がどのようにして行動を促すのかについても明らかにしている。
特定の行動に対して「行動ラベル」がつけられ、それを機にその行為自体が流行したとなると、通常は「もともとある程度普及していた行為の存在が、行動ラベルによって顕在化し、流行にいたった」と考えたくなる。しかし、Fritzeらがおこなった実験および、その分析結果はこれを否定している。
Fritzeらは、オーストラリアの大学のオンラインセミナーを活用して、行動ラベルの効果が人気度と心的イメージ(頭の中での視覚的なイメージやシーン)を媒介するかを調べる実験をおこなった。心的イメージは、心理学や認知科学などの分野で言葉と行動の作用を裏付けるものとして研究されている概念だ。Fritzeらは、チャットでスマイリーフェイスの絵文字を使用して他の人を元気づけることを「up-smiling」と呼んで行動ラベルを作り、オンラインセミナーのZoomチャット内で使われたスマイリーフェイスの数を記録した。そして、セミナーの最後には、この行動の人気度と心的イメージを測定するアンケートを実施した。セミナーは計7回(行動ラベルの説明あり 3回、行動ラベルの説明なし2回、コントロール1回)行われ、延べ174名の学生が参加した。
各回のセミナー参加者人数を考慮した分析の結果、「up-smiling」 の説明を行ったセミナーを受けた学生は、説明を受けなかった学生に比べて、スマイリーフェイスをより多く使う傾向が示された。アンケート結果の分析では、図2に示すように、行動ラベルは行動に対する心的イメージを強めたが、「行動がどれだけ人気か」という点には影響しなかった。また、心的イメージと人気の度合いの両方が行動の実行に影響するものの、行動ラベルの効果は心的イメージを通じてのみであり、人気度を媒介した影響はみられなかった。
つまり、行動ラベリングは、行動の人気度を高めるのではなく、その行動に対する心的イメージを思い描かせ、実践に移しやすくするのである。
言葉が描くイメージで消費者行動を促す
さらにFritzeらは、行動ラベルによる心的イメージが消費者に行動を促すメカニズムについて、次のように考察している。そもそも神経科学の研究によると、心的イメージは実際の視覚や体の動きと同じように脳に働きかけることがわかっている 。そして、行動ラベリングによりそのイメージを強化すると、消費者はその行動をより親しみやすく、有意義に感じるようになる。さらに、ラベルが鮮明なイメージを思い起こさせるものであれば、それが宣伝のような役割を果たし、消費者が新しい行動を起こすきっかけとなる。これは、消費者には新しいものを求める基本的な心理的欲求があるからだ。
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以上のような話を聞くと、私たちの生活に身近なところでも「のどぬ〜る」や「冷えピタ」のように製薬・ケミカル業界の商品名などが、行動ラベルとしての役割を果たしていることに気づく人は少なくないだろう。「のどぬ〜る」は「のどに塗る」や、「冷えピタ」は「ピタっと貼って冷やす」というような、不調をケアする様子が容易に思い浮かぶ。その行動がたとえ多くの人が既に実行している行動でなくても、自然と頭に浮かび、やってみたくなる。このようにして、行動をイメージさせる「造語」が新たなトレンドのきっかけになるのだ。
参考文献
- Fritze, M. P., Völckner, F., & Melnyk, V. (2024). Behavioral Labeling: Prompting Consumer Behavior Through Activity Tags. Journal of Marketing, 88(4), 22-39. https://doi.org/10.1177/00222429231213011
クリエイティブコモンズ CC BY 4.0のもとライセンスされている参考文献を改変しています。 ↩︎
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