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マーケティング論文紹介

データで読み解く世界のマーケティング事情【後篇】──〈業界・目的別〉最適なメディアミックスの型とは

「とにかくブランドの認知を高めたい」「いや、今回は購買意欲をアップさせたいんだ」──広告を打つ際に意識しなければならない課題は多様だ。でも、どうすれば、それぞれの課題に適切に対処することができるのか。そんなマーケターの永遠の悩みにメディアミックスの「型」の観点から斬り込んだ論文がある。それがイギリス オックスフォード大学サイードビジネススクール マーケティング部門の准教授J. Jason Bellらが、2024年に発表した『ペアを超えて:広告におけるメディアアーキタイプと複雑なチャネルシナジー(原題:“Beyond the Pair: Media Archetypes and Complex Channel Synergies in Advertising”)1』である。膨大な広告キャンペーンのデータを解析し、新旧のメディアの組み合わせを意識しつつ、メディアミックスのあり方を探っている。前篇では、データをつぶさに整理した結果、無限にあるように思えるメディアの組み合わせのうち、実際に用いられている「型」は7つに大別できる、とBellらがレポートしていることをお伝えした。それを受けたこの後篇では、その7つの型が、ブランドに対してそれぞれどのような影響をもたらすのか、そして特定の業界や目的に対して“効く”のはどのメディアミックスの型なのか、について、Bellらの研究成果を紹介したい。

ブランド成果「4つの指標」と7つの型の関係

前篇でもお伝えしたように、広告キャンペーンで使われるメディアの組み合わせは極めて多様でありながら、おもに用いられているのは7つの構成パターンである。デジタル重視型、ハイブリッド型など、さまざまな特徴があり、そこには広告主の意図や目的の違いを反映した「設計思想」のようなものが盛り込まれている。Bellらはこれを「アーキタイプ」と呼んでいる。

  • アーキタイプ1: テレビ+Facebook型
  • アーキタイプ2: 標準型(最も頻繁に用いられていた構成)
  • アーキタイプ3: YouTube重視型
  • アーキタイプ4: 伝統的メディア+屋外、店頭型
  • アーキタイプ5: 伝統的メディア+デジタル型
  • アーキタイプ6: 伝統的メディア+屋外+Facebook型
  • アーキタイプ7: Facebook重視型

こうして型が見えてくると、やはり気になるのは、それぞれの設計のちがいが、ブランドにどのような影響をもたらすのか、つまりはどのような効果があるのか、だ。
Bellらは、この問いに答えるため、4つのブランド成果指標──購買意欲、連想・ブランドアソシエーション、非助成認知、助成認知──を手がかりにして、7つのアーキタイプをそれぞれ評価した。この4つの指標はいずれも、国際調査会社 Kantar(カンター)が実施するブランド追跡調査に基づいたもので「広告接触者と非接触者の差分」を計測し、広告が実際に押し上げた数値を導き出している。

“教科書通り”がいちばん効かない

それぞれの指標について見てみよう。

  1. 購買意欲(Motivation)
    「購買意欲」とは、文字どおり、そのブランドの商品やサービスを購入したいという生活者の気持ちの強さのことだ。これをもっとも強く押し上げる傾向を示したのはアーキタイプ4(伝統的メディア+屋外、店頭型)だった。それにつづくのが、YouTubeを重視したアーキタイプ3だ。
    このうちアーキタイプ4は成果の振れ幅も大きく、アーキタイプ3は成果の安定性は高い。購買意欲に関しては、アーキタイプ4=ハイリスク・ハイリターン、アーキタイプ3=堅実型という対比が浮かび上がった。
  1. ブランドアソシエーション(Association)
    「ブランドアソシエーション」とは、そのブランドに関連して想起する連想のことである。この指標にもっとも強い影響を及ぼしたのもまたアーキタイプ4(伝統的メディア+屋外、店頭型)であり、それに次いだのはアーキタイプ3(YouTube重視型)だった。
    いっぽう、チャネル別の成果比較では、映画館広告とYouTube、それに新聞の「ブランドアソシエーション」への寄与が高く、広告体験のあり方がブランド連想に影響を与える様子がうかがえる。また、Bellらは「予算を特定チャネルに集中させるほど、ブランド連想は弱まる」という仮説を立てており、この理由を「集中度が高いキャンペーンはテレビや屋外など“伝統的”チャネルに寄りがちで、新しいチャネルを組み合わせた多様な構成のほうが、新たな接点が生まれやすく、また細かなメッセージ訴求が可能で、記憶の結び付け(=連想)を深めやすい」としている。
  1. 非助成認知(Unaided Awareness)
    「非助成認知」とは、生活者が手がかりがなくともそのブランドのことを想起できる状態を意味する。たとえば、「ハンバーガーといえば?」と聞かれたときに「マクドナルド」と答えられるような状態のことだが、これに関しては、アーキタイプ3、4、5、7の差は大きくなく、構成パターン間の優劣は明確に分かれなかった。また、個別チャネルの支出シェアによる影響も大きくなかったものの、雑誌など一部チャネルではマイナスの方向に働く傾向も見られた。
  1. 助成認知(Aided Awareness)
    「助成認知」とは、ブランド名や商品名を提示されたときに、生活者が「知っている」と自覚できる状態を意味する。これに関しては、平均リフトが小さく、ばらつきが大きくなりがちであるため、推定値の不確実性が大きい。さらに、メジャーブランドは「すでに認知されている」ため、上がり幅に限界があり(天井効果)、変動の読み取りには注意である。そのなかにあって、圧倒的に大きな変化を見せたのはアーキタイプ4(伝統的メディア+屋外、店頭型)だった。またチャネル単体では「映画館広告」の効果が大きかった。

表1 「4つの指標」に対するアーキタイプごとの成果
表1 「4つの指標」に対するアーキタイプごとの成果
注)Bell et al. (2025) Table 5 よりアーキタイプ部分を抜粋し、統計的な信頼性の値は省略、Archtype2の値を補足した。数値は広告成果に与える影響力の強さを比較するための目安で、数値が大きいほど影響が強いことを示す。

表2 「4つの指標」に対するチャネルごとの成果
注)Bell et al. (2025) Table 5 よりチャネル部分を抜粋し、統計的な信頼性の値は省略。。数値は広告成果に与える影響力の強さを比較するための目安で、数値が大きいほど影響が強いことを示す。

いずれの指標においてもアーキタイプ4(伝統的メディア+屋外、店頭型)が強かったことは注目に値するが、それ以上に気にしておきたいのは、広告キャンペーン全体の23%を占めるアーキタイプ2が、いずれの指標においても低パフォーマンスに終わっていることである。アーキタイプ2は、「標準型」のメディアパターンであるが、これはすなわち定型メニューにのっとって教科書通りにメディアをおさえるだけでは、成果が上がりにくいことを示唆している。目的に応じてチャネルを選ぶ広告設計が求められるのである。

業界・目的を超えて“使える型”はほぼない

続いて、Bellらはそれぞれのアーキタイプが、業界やカテゴリーにに及ぼす影響についても分析している。対象は、消費財 (CPG)/サービス/テクノロジー・耐久財の3カテゴリーで、それぞれの業界で「4つの成果指標」について最も効果的なアーキタイプを示したのが表3である。注目すべきは、業種ごとに効果的な構成パターンも大きく変わるという点だ。

表3 「4つの指標」に対する業界別「最も効果的なアーキタイプ」
注1) 【CPG(消費財)】パーソナルケア、食品・飲料、家庭用品。【サービス】金融サービス、航空、公益事業、通信、レジャー。【テクノロジー・耐久財】自動車、家電製品、アパレル、検索、ソーシャルメディア、eコマース。
注2)Motivasion=購買意欲、Association=ブランドアソシエーション、Unaided awareness=非助成認知、Aided awareness=助成認知

これを見るとわかるように、消費財(CPG)では、4つの指標すべてにおいて、アーキタイプ6(伝統的メディア+屋外+Facebook型)が最も高い効果を示した。消費財のように広範なリーチと反復接触の両方が重要となる市場では、テレビや屋外広告といったレガシー媒体と、Facebook のような主要デジタルチャネルを組み合わせた構成が成果につながりやすいのである。
Bellらは、「伝統メディアとデジタルは競合ではなく補完し得る」と主張してもいるのだが、この結果はそれを裏付けるものでもある。

いっぽう、サービス業では、成果指標によって強いアーキタイプが入れ替わり、ひとつの“万能型”は見られなかった。購買意欲とブランドアソシエーションはアーキタイプ5(伝統的メディア+デジタル型)、非助成認知はアーキタイプ4(伝統的メディア+屋外、店頭型)、助成認知はアーキタイプ7(Facebook型)と、成果指標ごとに“効く構成パターン”が変わっていく。サービス業の多様な接点や意思決定プロセスの複雑さを表しているといえるだろう。

テクノロジー・耐久財では、成果指標の種類によって“効きやすい構成パターン”が2つの型に分かれた。購買意欲・ブランドアソシエーションは アーキタイプ7(Facebook型)、非助成想起、助成認知は アーキタイプ5(伝統的メディア+デジタル型)が高い効果を示した。このカテゴリーでの態度変容にかかわる働きかけには アーキタイプ7、認知にかかわる働きかけにはアーキタイプ 5──そんな役割分担が見えてくる。

十分な分析サンプル数を確保できた3カテゴリーのみではあるが、業界ごとに“効く構成パターン”は明確に異なり、ある業界で効果的なパターンが他業界でも通用するとは限らないことがわかる。Bellらはこの結果から、「どの業界でも万能なメディアミックスは存在しない」と結論づけている。

メディアミックスの鍵は「自分たちの文脈」

広告キャンペーンのためにメディアの組み合わせを考えるとなると、つい社会におけるメディアの力関係などを意識して、アーキタイプ2のような「いまの時代に即したメディアの配分」を考えそうになる。しかし、Bellらの研究は、メディアミックスはメディア事情から導き出すものではなく、業界などの固有の背景を踏まえつつ、目的に合わせて、そのつどアレンジするべきものだということを示唆している。
後篇で見たように、購買意欲に強い型と、認知に効く型は異なる。さらには業界が変われば“効く型”もまったく変わる。つまり、成功の型を借りてくるのではなく、自分たちの文脈──ブランドの状況、競争、市場習慣──を読み解く姿勢が欠かせない。
この研究の価値は、その“文脈読み”のための地図を提供してくれる点にある。構成パターンがどんな成果を生みやすいのか、業界ごとの特徴はどこにあるのか。こうした視点を持てば、メディア設計をただの経験則ではなく、より再現性のある方法論へと近づけていくことが可能だ。
これほど大規模なデータに基づき「型」と成果の関係を整理した研究は貴重だ。自社のブランドに最も近い構成パターンはどれか──その問いから、次のキャンペーンはより確かな方向性を持ち始めるはずだ。

参考文献

  1. Bell, J. J., Thomaz, F., & Stephen, A. T. (2025). Beyond the Pair: Media Archetypes and Complex Channel Synergies in Advertising. Journal of Marketing, 89(4), 99-119.
    https://doi.org/10.1177/00222429241302808 (Original work published 2025)
    クリエイティブコモンズ CC BY 4.0のもとライセンスされている参考文献を改変しています。  ↩︎

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