NPS(ネット・プロモーター・スコア、顧客推奨意向)が高ければ業績が伸びる——マーケターのみならず経営者のなかにもそう信じている人は少なくない。NPSは顧客ロイヤルティを測る指標であるから、たしかに購買体験やブランド体験を代弁している。しかし、NPSのスコアが業績に直結しているのかというと、実はそうとも言えないところがあるようだ。この点について、アイルランドのケミービジネススクールの Baehreらは、論文『ネットプロモータースコア(NPS)を使用した売上成長の予測:実証的調査からの洞察1』のなかで、スコアの高さが売上成長を保証するわけではないと明確に指摘している。特に、「誰を対象に測るか」「どのように測るか」によって、NPSの意味合いや経営指標としての価値は大きく変わるという。
NPSと売上成長の関連性は「未検証」
NPSは、アンケート形式の質問を通じて、顧客満足度や愛着の強さを測定し、数値で表す指標だ。「この会社を友人や同僚にどの程度おすすめしたいか?」「この商品を友人や同僚にどの程度おすすめしたいか?」といった質問に答えてもらう、と言えば、思いあたる人も少なくないだろう。2003年にFrederick F. Reichheldが発表して以来、多くの企業が商品やブランドに対するロイヤルティ(=信頼・愛着)を測るために広く使用している。
当初は、既存顧客を対象に「顧客ロイヤルティ」を測るための指標として導入されることが多かった。しかし近年では、非顧客(まだ顧客になっていない人や離反顧客)も含めた市場全体の「ブランドの健全性」を評価する指標としても活用が進んでいる。
2つのNPS
- 顧客ロイヤルティNPS:ブランドと直接やり取りした既存顧客の意見を対象とする
- ブランド健全性NPS:潜在顧客(まだ顧客になっていない人や離反顧客)も含めて広く意見を集める
ただ、高い支持を得ている一方で、学術界ではNPSの測定方法や精度への懸念が継続的に指摘されており、慎重な見方も根強い。そして、NPSが企業活動の中で広く活用されているにもかかわらず、そのスコアが実際に売上成長とどう結びついているのかについては、十分に検証されてきているとは言えない。この点に着目し、NPSと売上成長の関係を実証的に分析したのがBaehreらの研究だ。
売上成長に“効く”のは、NPSの「高さ」より「変化」
Baehreらは、NPSが将来の売上成長をどれだけ予測できるのかを検証するため、米国のスポーツウェアブランド7社のデータを対象に実証研究を行った。
- 調査対象:16〜30歳の消費者(このジャンルに対して他世代の約2倍の支出がある)
- 調査期間:2013年から2018年までの5年
- サンプル数:38,644人から合計193,220件のNPS評価
- 売上データ:調査会社NPDグループによる、自己申告ベースの購買履歴(四半期あたり約5万件)
分析は、まず「顧客ロイヤルティNPS(Customer Loyalty NPS)」と「ブランド健全性NPS(Brand Health NPS)」について、それぞれ「NPSのスコア(NPS Levels)」と「NPSの変化(NPS Changes)」を算出。それを上位ブランドと下位ブランドに分けて、四半期の平均売上成長率を比較した(図1)。「NPSのスコア」「NPSの変化」のいずれについても、黒いバーはスコアがアベレージ以上だったブランドの四半期あたりの平均売上成長率、灰色のバーはアベレージ未満だったブランドの四半期あたりの平均売上成長率を示している。
- NPSの変化は、前期との差分として算出
- 売上成長率を、前期との増減比率をもとに算出

Above Average: 平均以上, Below Average: 平均未満
「NPS の変化」(グラフ右側)が高いブランドは売上成長率が平均して高く (顧客ロイヤルティ NPS 10.4%/ブランド健全性 NPS 10.2%) 、「NPS の変化」が低いブランドは売上成長率が比較的低い (顧客ロイヤルティ NPS 3.1%/ブランド健全性 NPS 2.8%) 。一方、「NPSのスコア」の場合は、平均売上成長率は(グラフ左側)スコアの高低による違いはあまり見られない (スコアの高いブランド=顧客ロイヤルティ NPS 5.7%/ブランド健全性 NPS 4.6%、スコアの低いブランド=顧客ロイヤルティ NPS 6.9%/ブランド健全性 NPS 7.5%) 。
まず注目したいのは、グラフ左側で示した「NPSのスコア(NPS Levels)」の結果だ。驚いたことに、NPSのスコアが高いブランドの売上成長率は、「顧客ロイヤルティNPS」、「ブランド健全性NPS」とも5%前後と低い値にとどまっている(赤い囲み)。すなわち、このグラフからは、NPSのスコアが高いからといって、売上成長が見込めるとはかぎらないことがうかがえる。
さらに興味深いのは、グラフ右側で示した「NPSの変化(NPS Changes)」の値が高いブランドの売上成長率が突出していることだろう(青の囲み)。「顧客ロイヤルティNPS」「ブランド健全性NPS」のいずれについても10%を超える売上成長が認められる。
この事実が示しているのは、「NPSの変化」が大きい、つまりは「NPSのスコア」を改善したブランドほど高い売上成長を成し遂げているということだ。つまり、売上成長の鍵は、NPSのスコアの高低にあるのではなく、スコアの改善にある。
さらに彼らはNPSのスコア分布も分析している(表1)。その結果、売上成長に統計的に意味のある影響を与えているのは、既存顧客だけでなく、非顧客や離反顧客といった潜在顧客をも対象とした「ブランド健全性NPS」の“変化”だけだということがわかったという。その影響力も大きく、「ブランド健全性NPS」 が 1 ポイント改善すると、次の四半期の売上は 1.458 ポイント増加する。米国の 7 つのスポーツウェア ブランドの平均売上高が年間 30 億ドルであることを考えると、NPS のスコアが 1 ポイント増加すると、年間売上が 4,400 万ドル、四半期ごとに 1,100 万ドル増加するという。

S.E.(標準誤差)で *の数が多いほど相対的に影響が強いことを示す
※参考文献1. Table3. マルチグループ構造方程式モデルの分析結果を参考に改変
重要なのは「何のために」「誰を対象に」するのか
Baehreらは研究の結果として、次の2点を強調している。
- 誰からNPSを集めるか:既存顧客だけでなく、市場全体の潜在顧客を対象とした「ブランド健全性NPS」に注目すべき。
- スコアの「高さ」ではなく「変化」:NPSは、その推移こそが売上成長を予測するうえで有効な指標である。
*
NPSはシンプルで使いやすいため、多くの企業で定例的に測定・報告され、スコアの高さが注目されがちだ。しかし、経営者はNPSのスコアが高いからといって安堵すべきではないし、低いからといって即座に落胆する必要もない。重要なのは、数値そのものではなく、「何のために測っているのか」という目的だ。既存顧客の声を測るためのものなのか、それとも自社の成長を見極めるための継続性のある取り組みなのか。特に売上成長を意識したいときは、この目的を明確にしたうえで、NPSの推移を読み解き、変化の兆しを経営判断に活かしていくことが求められる。短期的視点でスコアの高さを問うのではなく、中長期的目線で変化の意味をしっかりと捉える。そうした姿勢が、NPSをより実用的な経営指標として機能させることにつながるのだ。
参考文献
- Baehre, S., O’Dwyer, M., O’Malley, L. et al. The use of Net Promoter Score (NPS) to predict sales growth: insights from an empirical investigation. J. of the Acad. Mark. Sci. 50, 67–84 (2022). https://doi.org/10.1007/s11747-021-00790-2
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