いまやマーケティングに投資しない企業はほぼないといっていい。しかし、それを「資産」として明確に意識できているかと問われると、自信をもってイエスと答えることができる経営者はそう多くないのではないか──。
いわゆるマーケティング価値の「資産」計上の問題だが、実はこれは数値化するかしないかという単なる手続きの有無の話ではないようだ。リヴァプール大学マネジメントスクール・マーケティング学上級講師のPeter Guentherらが発表した論文『マーケティング資産の説明責任の影響 – 自然実験1』によれば、ブランドやマーケティングライセンス、顧客データといったマーケティング資産の会計報告の有無は、企業成長に少なからず影響を与えるという。
マーケティング資産の財務管理はやりたくない
マーケティング資産とは、マーケティング活動を通じて価値を生み出し、ブランドや企業の価値を高めるために使われるもののことだ。具体的には、ブランド名やロゴなどのブランド資産、顧客の購買履歴や行動データ、フィードバックを含む顧客データ、著作権や商標などの知的財産権、ウェブサイトやSNSアカウントが挙げられる。
多くの企業でこれを曖昧なままにしてきたのには、いくつかの理由がある。
ひとつは、ブランド価値や顧客関係に対して正確に会計的評価を施すのが難しいということ。評価には推定が必要で、主観バイアスなどの要因が不確実な評価を引き起こす可能性がある。加えて、マーケティングのスパンの問題もある。効果には短期的なものと長期的なものがあり、特にブランド価値や顧客ロイヤルティなどの長期的な効果を記録・評価することは簡単ではない。マーケティングデータを扱う際の手法の課題もある。収集と分析には高度な技術とリソースが必要であるが、多くの企業がこれを十分に持っていないため、効果を具体的に示すことが難しい。さらに、現行の会計基準では、無形資産として計上するためには、価値を信頼性をもって測定できることが求められるが、マーケティング資産の場合はその要件を満たしづらいケースが多い。
マーケティング資産の会計報告が企業成長に与えた具体的な影響
しかし、冒頭にも述べたように、マーケティングを資産としてきちんと意識するかどうかは企業の成長に影響を与える。Guentherたちの研究によると、企業がマーケティング資産を会計報告に含めると、経営指標が上昇することが確認されている。Guentherたちは、オーストラリアの上場企業500社について、2001年から2010年にかけての年次報告書をデータ化して、経営指標に与える影響を分析した。マーケティング資産を貸借対照表に記録していた企業は、このうち153社だった。
最も頻繁に報告された マーケティング資産 はブランド (マーケティング資産を含むバランスシートの 65%) で、次いでマーケティング ライセンス (19%)、顧客データ (19%)、販売契約 (15%)であることが分かった。そして、企業がマーケティング資産を会計報告に含めた場合、下表に示すように株式資金調達コストが改善されるなどの経営指標の上昇が見られたという。
- マーケティング集約型企業* では、短期および長期のマーケティング効率を向上し、株価の情報の正確性を高めた。具体的には、短期効率が8%、長期効率が10%、株価の情報有効性が17%向上した。また、資本コストが4%低下した。
- 非マーケティング集約型企業* では、短期効率を17%減少させる一方、長期効率を22%向上させることが示された。また、資本コストが19%低下し、株価の情報有効性が23%向上した。
*マーケティング集約型企業:マーケティング部門の規模が大きい企業のことで、本論文内では、マーケティング費用が業界内の全企業の中央値を上回る企業を指している。自社のマーケティング費用を総資産と比較することで、自社がマーケティング集約型企業かどうかを判断できる。
投資家への適切な情報開示がもたらす企業価値の向上
その理由についてGuentherたちは、マーケティング資産の測定は困難だが、推定値を持つことは持たないより良い、(Guentherらの研究では、マーケティング資産の価値がどれほど正確に測定されたかを評価することはできないものの)マーケティング資産の財務報告によって株価関連指標の改善が見られたことから、投資家にとっては企業の将来の業績を予測するのに十分な情報であるのではないか、と考察している。
論文はまた、投資家からの信頼を得るために、マーケティング資産の財務報告の影響を最大限に引き出す方法をいくつか示している。そのひとつがISO標準に基づくブランド評価プロセスを採用することだ。ISO 10668は、企業間での一貫性と比較可能性を確保するテンプレートを提供している。
さらに、外部報告には最高マーケティング責任者(CMO)の関与が必要だという。CEOやCFOはマーケティング活動の詳細を知らないことが多いため、CMOがマーケティング成果を財務指標に変換する役割を果たすべきなのである。
マーケティング資産の価値を外部に報告することで、企業は短期的な成果(例えば、すぐに売り上げを上げる)だけでなく、長期的な成果(例えば、ブランドの価値を高めること)にも注意を払うようになる。これにより、企業は長期的な視野を持ってマーケティング戦略を立てるようになり、持続的な成長や強固なブランド構築が可能になる、とも示唆している。
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マーケティングに込めた思いは単なる戦略や手法にとどまらず、ビジネスに対する信念そのものだ。お客様との交流を通じてどれほど深い価値を提供できたか、そして心をどれほど動かすことができたか。それは、企業にとって何ものにも代えがたいほどの財産であるのは間違いないが、たしかに数値化が難しい価値であるのもまた事実だ。マーケティング資産の本質的価値をいかに投資家に深く理解してもらい、成長の要因として位置づけていくか──この点が今後の成長戦略において重要な課題となるだろう。
参考文献
- Guenther, P., Guenther, M., Lukas, B. A., & Homburg, C. (2024). Consequences of Marketing Asset Accountability—A Natural Experiment. Journal of Marketing, 88(5), 24-45. https://doi.org/10.1177/00222429241236142
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