昨今は企業が不祥事を起こすと、マスメディアで大きく取り上げられたり、SNSで炎上して情報が拡散したりして、またたくまに社会現象のようになってしまうことが少なくない。その企業の商品が生活者によってボイコットされたり、企業の関係者が法的な処罰を受けたりすることもある。興味深いのは、このとき、生活者は不祥事を起こした企業だけでなく、同じ業界の他の企業にも厳しい目を向ける傾向があることだ。場合によっては、何ら不祥事を起こしていない企業に対して、罰を求めることすらあるという。オーストラリアのMacquarie大学マーケティング学科 上級講師のShijiao (Joseph) Chenらは、論文『業界全体の危機の際に、懲罰を観察することが消費者の他の企業への罰則決定に与える影響1』)の中でこの現象を報告し、不祥事を目にした生活者の心理と業界企業がとるべき対策を示している。いったん火がつくと生活者の批判の熱狂は、手がつけられないように思える。果たして、それをしずめる方法はあるのだろうか。
生活者の目は不祥事を起こした企業から業界全体へ
2017年4月、米国のユナイテッド航空が、オーバーブッキングを理由に乗客を飛行機から強制的に引きずり下ろしたとメディアで大きく報道され、政府が調査に乗り出しただけでなく、同社は生活者による不買運動といった罰を受けることになった。Chenらは、米国運輸省に提出された実際の月別消費者苦情データを分析し、ユナイテッド航空が不祥事を起こしたと報じられた2017 年 4 月と翌月の 5 月に、他の航空会社への苦情もまた前年の同時期と比べて約 30% 増加していると指摘している(図1)。これは、ある企業が罰せられるのを目にすることが、同じ業界の他の企業への懲罰感情を高めるという効果を裏付けている。

Chenらの研究によると、生活者が同じ業界の他の企業も罰したくなる背景には、次の 2 つの心理的なプロセスがあるという。
- 責任帰属の確実性(悪いことをしたと断定できる確実さ):罰せられた企業を見て、生活者は「この業界の企業は本当に悪いことをしているんだ」と確信し、責任の所在を明確に捉える。
- 社会秩序の回復:「悪いことをした企業は罰せられるべきだ」という正義感から、生活者は他の企業も罰することで、社会秩序を取り戻そうとする。
つまり、生活者は、ある企業の不祥事をきっかけに、その企業が属する業界全体を疑いの目で見るようになり、正義感から他の企業にも罰を求めるようになるというのだ。
同業他社のスキャンダルに巻き込まれた企業がとるべき対処
しかし、たまたま不祥事を起こした企業が同じ業界に属していただけで、何ら不正を働いていない他企業にしてみれば、自社に生活者が罰を与えようとする目が向けられるなんて、たまったものではない。この懲罰志向への対処について、Chenらの研究はヒントを与えてくれる。
Chenらは、2022年にオーストラリアの金融サービス企業で発生したサイバー侵害事件をもとに、データセキュリティに関する不祥事のシナリオを作成し、実験を行った。X社やB社を含む多くの金融サービス企業のシステムにデータセキュリティの抜け穴があり、顧客が個人情報の盗難や詐欺のリスクにさらされているという業界全体のスキャンダルについてのシナリオで、米国の305人の被験者にそれを読んでもらった。その上で、被験者を3つのグループに分け、それぞれに次のような異なる情報を与えた。
グループ1:X社が、当局から処罰され、消費者団体によりボイコットされたという情報
グループ2:X社が処罰を受けた後、処罰を受けていないB社はデータセキュリティの専門家を雇用し、データ管理システムに投資し、被害を受けた顧客に補償したという情報
グループ3:X社が当局から処罰を受けることもなければ、ボイコットされることもなかったという情報
その後、各グループの参加者は、B社に対する懲罰志向を7段階で評価した(1 = 全くそう思わない、7 = 非常にそう思う)。
その結果、B社に対する懲罰志向の平均値は、
グループ1:5.12
グループ2:4.05
グループ3:4.35
となり、グループ2(B社が問題解決のための行動をとったという情報)のスコアが最も低い。
生活者が業界企業を罰したくなる動機は、社会秩序を回復することにある。それゆえ、業界企業が社会秩序の混乱に対処するための是正措置を講じ、社会秩序がすでに回復しつつある、と認識されれば、生活者はもはや懲罰措置を取る必要性を感じなくなるのだ。
炎上する懲罰志向に影響を与える条件
Chenらの研究では、他にも「罰したくなる気持ち」に影響を与える条件が、いくつかの実験結果により示されている。
罰する主体の形式:
生活者によるボイコットなどの非公式な罰ではなく、政府や規制当局などの正式な機関によって処罰された場合に懲罰志向が高まる。
生活者の性質:
「世の中は公平である」という信念が強い人ほど、ある企業が罰せられるのを見たときに、他の企業も罰したくなる傾向が強くなる。
不祥事が発覚し処罰された企業の反応:
処罰を受け入れる:企業が処罰を素直に受け入れると、生活者はその企業が不正行為を認めたと解釈する。その結果、同じ業界の他の企業も不正行為をしている可能性が高いと考え、業界企業への懲罰志向が高まる。
処罰に異議を唱える:処罰された企業が控訴するなどの異議を唱えると、不正行為をしているかどうかが不明確になり、責任帰属の確実性が低下する。結果、他の企業への懲罰志向は高まらない。
いずれも巻き込まれた企業が直接変えられる条件ではないし、状況が判明するまでに時間がかかるだろう。自社が潔白であることを証明するのもまた時間がかかることだ。しかし、黙って結果を待つのではなく、積極的に情報発信を行い、生活者の疑念を払拭することで、不必要な風評被害をさけられる。研究結果を参考に、不測の危機発生時の対応をあらかじめ検討し、企業価値を守ることに役立てたい。
参考文献
- Chen, S., Li, Y. & Yao, J. The effects of observing punishment on consumers’ decisions to punish other companies during industry-wide crises. J. of the Acad. Mark. Sci. 52, 1741–1760 (2024). https://doi.org/10.1007/s11747-024-01035-8
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