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マーケティング論文紹介

サービスを高く売るコツは、「楽しく働く姿」を発信することにある

サービスの市場価値を高める要素といえば、高い技術や作業量、もしくは需要と供給の関係などが注目される。価格設定も、それらを踏まえつつ行われることが少なくない。しかし近年、価格設定に影響を与える新たな要素が指摘されている。「仕事の楽しさ」がそれだ。オランダにあるTilburg大学 経済・経営大学院のAnna准教授らが発表した『生産の楽しさは、買い手の支払い意欲と売り手の請求意欲に非対称的な影響を与える1』は、サービスの価格設定と「仕事の楽しさ」の関係を改めて考えさせられる非常に興味深い研究だ。

「仕事が楽しい」という発信がサービスの価値を高める理由

「SEOの仕事を本当に楽しんでいます」
先の論文によれば、この一言を加えただけで、広告のクリック率が40%向上したという。これは、Facebookで実施した実験の結果だ。従来は、「SEOについて豊富な経験があります」という類いのメッセージを発信していた。そこに「楽しんでいます」という表現を加えただけで、より多くの関心を集めることができるのだという。
これは、専門性や実績よりも、「仕事が楽しい」という感情的な要素が、広告の受け手に対して強い影響力を持つことを示している。
なぜ「仕事の楽しさ」の表現が、効果的なのか。Anna准教授らの研究チームは、心理学の「フロー状態」という概念からそのメカニズムを説明している。フロー状態とは、一般に、人が活動に深く没入し、高い集中力と充実感を感じている状態を指す。この状態にある時、人は最高のパフォーマンスを発揮することが多いとされている。「仕事を楽しんでいる」という表現は、その人がフロー状態で仕事をしている可能性が高いことを示唆し、結果として高品質なサービスが期待できると生活者は判断する、というのだ。これは日常的な経験とも一致する。例えば、職人が目を輝かせながら仕事について語るとき、その商品やサービスに魅力を感じるのは自然な反応だろう。
ただし、「仕事の楽しさ」に関する表現は、単なるマーケティング戦術として使うべきではない、とも論文は指摘している。インターネットが普及した今の時代では、実感を伴わない作り物の感情は簡単に見抜かれてしまうからだ。実際に「仕事を楽し」んで、その感情を自然に表現するからこそ生活者の反応が高まるのだ。

買い手と売り手の意外な価格判断の差

さらに興味深いことに、「働き手が仕事を楽しんでいるかどうか」という目で見たときに、買い手と売り手では提供する商品やサービスに対する価格判断が異なるという。
Anna准教授らは、売り手150人に対して、自分の仕事の中で「特に楽しい仕事」と「日常的な仕事」を挙げてもらい、それぞれの業務に対していくらの価格設定を行うかを調査した。一方、買い手150人には、上記の売り手の2つの仕事を見せ、それぞれにいくら支払う意思があるかを尋ねた。

図1:「仕事の楽しさ」が買い手と売り手の価格判断に与える影響

結果は、真逆の反応だった。買い手は、売り手の「特に楽しい仕事」に対して、通常より4.5ポイント高い金額を支払う意思を示した一方で、売り手は自分が「特に楽しいと感じる仕事」に対して、通常より3.4ポイント低い価格を設定したのである。
買い手も、売り手も、「楽しんで行う仕事は質が高い」と考える点では一致している、という。しかし、価格判断においては全く異なる反応を示す。買い手は品質の高さを重視し、それを価格に反映させる。一方、売り手は仕事の楽しさそのものに価値を見出すため、金銭的な報酬への要求が下がる傾向にある。
この実験結果は、多くのサービスの価格設定を見直すきっかけになりうる。誰しも「楽しい仕事」に対しては「楽しいうえに高い収入を得るなんて申し訳ない」と思いがちだ。しかし、「楽しいから」という理由で価格を下げる必要はないのである。むしろ、「楽しい仕事」にこそ、買い手は価値を感じるのだから、適正な価格設定を心がけるべきなのである。

「楽しさ」の効果が最大限発揮される条件

ただし、全ての職種で「仕事の楽しさ」を発信することで価値が高まるわけではない。100種の職業について実験し、結果を分析したところ、有効な効果が確認されたのは、次の4つのいずれかにあてはまる職種だったという。

  • 手作業が必要な仕事
    機械的な作業や自動化された工程ではなく、人の手による技能が重要な役割を果たす仕事で価値が高まる効果が見られた。例えば、自動ドリップのコーヒーよりも、バリスタが丁寧に淹れるコーヒーの方が、売り手の「仕事の楽しさ」が品質に反映されると感じるようだ。
  • 制作過程が見える仕事
    買い手が売り手の仕事ぶりを直接観察できる場合は、楽しそうに働く姿が品質の高さを実感させる重要な手がかりとなる。料理人が目の前で調理する鉄板焼きなどが良い例だ。
  • 創造性が必要な仕事
    デザイナーやコンサルタント、建築家など、独自の発想や工夫が求められる職種では、楽しんで仕事に取り組む姿勢は、より良いアイデアや解決策を生み出すことを期待させる。
  • サービス業に近い仕事
    製品よりもサービスを提供する職種の方が、「仕事の楽しさ」の効果は大きくなる。これは、サービス業では売り手と顧客の関係性が密接であり、売り手であるサービス提供者の感情や態度が直接的に価値に影響するからだ。

これらの要素を制限として捉える必要はない。むしろ、自分の仕事の中にこれらの要素を見出し、それをどう活かせるかと考えることが、価値を高めるヒントとなる。例えば、工場での製造工程でも、職人技が光る場面や創意工夫を要する部分を積極的に見せることができれば、それは「仕事の楽しさ」の発信になるし、価値を高めることにもつながる。

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SNSとオンラインショッピングの発展により、買い手は商品の背景や売り手の姿勢、仕事を楽しんでいるかどうか、情熱の有無までも考慮するようになった。その結果、買い手が商品に対して感じる価値にも、従来の需要と供給のバランスとは別に、「仕事の楽しさ」という新しい要素が反映されるようになったのだ。逆に言えば、「仕事の楽しさ」を効果的に発信することは、価格競争から抜け出す一手にもなる。サービスの市場価値を高める上で重要な要素となるだろう。

参考文献

  1. Paley, A., Smith, R. W., Teeny, J. D., & Zane, D. M. (2024). Production Enjoyment Asymmetrically Impacts Buyers’ Willingness to Pay and Sellers’ Willingness to Charge. Journal of Marketing, 88(6), 85-102. https://doi.org/10.1177/00222429241257913
    クリエイティブコモンズ CC BY 4.0のもとライセンスされている参考文献を改変しています。
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